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noise

By yam1962 On 2016/03/13 · Add Comment
ノイズ     ノイズばかり聞こえてくるのはなぜか? 調和を目指す私には違和感として聞こえてくるからだ。 だけど、1つのノイズが繰り返し入ってきて聞き慣れてくると調和に転化していく。 そのノイズに秩序を発見するからだろう。 人の進歩も同じように、訳のわからない音色が説得のある調和に転化し発見や進歩や理論につながっているのだろう。 そう言うことが生きていることのように思えている。 混沌というものも同じで、その中の何かが調和に転化していって秩序や真理として姿を現しているように思う。 そういうことが、進化ということのようだ。 老子の言葉の「足るを知る者は富む」にそのような在り様を感じている。この言葉は多分別の意味で表現されている。けれど、同じようなニュアンスが隠れているように感じる。 その感じは、今あるものを大切にし違和感のあるノイズがあってもそれにイラつかず静かに構えて、違和感から何かを壊すことをせず調和的に構えるということってことだ。 よくよく考えてみたら、 我々生命は宇宙のノイズから生まれ今に至っていると想像してしまう。
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自覚的に、人の未来への提言

By yam1962 On 2015/07/14 · Add Comment
進化しない人類なんて、バグと同じだろ? 少し脳が大きいだけだろう。 脳が大きいだけの生き物が人なのかもね。 だから、脳の大きなバグってだけでは、わくわくしないし楽しくないし生きてる意味も分からなくなってしまわないかい? 運命さ、大きな脳を授かった。 だから、バグと同じ様に生きられない。 昨日の満腹を満足していられない、バグとちがうから。 脳の大きな生物としての役割を背負っている。 常に納得し続けたいを本能に埋め込まれた運命的生き物。 その役割に、結局従うしかないのだ。 それが必然的意味なんだろう。 だから、バグとは違う苦悩と同じくらいの幸せを与えられたのだろう。
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姿

By yam1962 On 2015/06/27 · Add Comment
答えを知らないんだろう。だけど、分かっても越えられない。それが君たちの姿だよ。私は分かっている。 誰かがいやらしいことを人に向ける。それは、憎しみや怒りから来る。そして、それは弱虫の姿。 私の目の前の人がそんな姿を見せる。憤慨し悩んでしまう。だけど、その目の前の人は普通の人なんだ。大概の世間とはそんなもんだ。 怒りでなく虚しくなる。虚しくおさめる事でさえ憎しみのあらわれだと言うのかな。 それを優しさや情熱で覆せと人々は私に言うのだろうか? 私が憎しみをわかるのはナゼか? その様な復讐心が私にも起こるから。 ただ、それを承認せず心から消すにように努め、復讐や陰謀を行動に移さず、その心理に支配されないように注意している。 だって、復讐や怒りに身を投じるのは、気持ちのいいことではないから。悪魔の底なし沼に溺れてしまうわけにはいかないから。 だから、さっさと忘れて憎しみに支配されないように、今が自由でいられるように、努めている。 本当は、私は分かり過ぎている。 だけど、それを覆す場所が見当たらない。 どうしたらいつも静かでいられるかが分からない。 模索ばかりしている。
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静かな哀しい音色

By yam1962 On 2015/06/08 · Add Comment
哀しい音色は、心を静めてくれる それは、逆らえない運命を受け入れた寛容。 全てを受け入れて、自己ばかりを捨てた安らぎの音色。 草のようにそのままを受け入れた超越した音色。 欲に満足することと全く異なる、すべてにとけ込んでいる安らぎ。 生かされていることに逆らわない音色
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simpleな1つの答 補足的

By yam1962 On 2015/05/07 · Add Comment
雨は正直に降る カラスは生きるために鳴く 犬は純粋に吠える 人間の涙はこれくらい正直だろうか? 涙を計算や陰謀に使ってないだろうか? どうだっていい。 人の涙を信じない事をtypicalにしたくない。 人の涙を策略にしてしまいたくない。 そんな無防備が、バカといわれることが悔しい。 強いものだけでいい、涙くらいは信じようや。 必ず何かの声があるはずだと。 そんなささいな事が始まりだ。 信じることを始めるって事だ。 こんなバカがいることだけでも信じてほしい
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simpleな1つの答

By yam1962 On 2015/05/05 · Add Comment
人を信じる。 簡単そうで一番むずかしい。 ただ、それが叶えば、大きな前進であることは間違いない。
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こころ

By yam1962 On 2015/02/19 · Add Comment
 ほれてるさ。 いつも、生きるいろいろに すぐにホレて憧れるさ。 だけども、その思いが傷つくのが嫌なんだ。 結局、自身の幸福の結末は自分で引き取るしかない いくら、無常に喧嘩を売っても 僕の敗北で終わっている。 そういうことが そういうことが 今の答えなんだ。 夢に向かうのに個として向き合う事にしたのは、それが理由なんだ。 誰も悪者でもない。 誰かを悪という事にした幸福は敗北なんだ。 だから、優しくなれなくなった。 私の優しさの振る舞いが、大好きな貴方を弱くしてしまうから。 自分の幸福の結論は貴方も私も自分で見つけるしかないんだ。 誰かの評価や価値観に支配されなくていいんだ。 上下を語るのは人間社会だけなんだ。 だから、誰かを生け贄にして納得してはならないんだ。 そんな大変な取り組みなんだ。幸福から歓迎されるのは。 それぞれとは別々なんだけど、その目的のベクトルの共有に従うことにしたのだ。 もう「何で ?」に応えなくていいのだ。 だって、それは、貴方がchoiceする事なのだから。 そして、その責任者は貴方なんだ。 来るべきとこにきてしまったようだ。 私の個はそんな価値観に従う事を選んだのだから。
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Season1実験結果 公開

By yam1962 On 2015/01/02 · Add Comment
以前ご連絡しておりました。 2014.12までの実験結果を公開しました。 Season1実験結果
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達磨大使

By yam1962 On 2014/12/10 · Add Comment
達磨大使 達磨大使は、九年間壁を見続けたという逸話がある。それは、壁=REALを見続けたという事かもと解釈される。 悟るものは、日々の生涯の中で壁に向き合い、達磨大使のごとくREALに向き合うものだけが得られるものなのです。 だから、理屈が我を助けることなく、全てを無垢に眺めて得る境地それが悟りなのです。 REALという壁と向き合うのは、九年(苦年、または、十に届かない九が壁だという現実)を重ねなければ、得られない境地なのです。 悟るものは、日々向き合う中で一瞬の風景で偶然に答えを見るものなのです。 カッコつけた悟りでなく、分かりやすい苦行を乗り越えたっていうヒーロー像はエンターテメントの役割なのです。 だから、本物の答えはヒーローになるためでない孤独の中で見つけた答えで、全てのREALに向き合いキズついて得られるものだと思います。 全てを攻略して悟りぶる事とは、まったく別次元の人生とだけはハッキリ述べさせていただきます。 無垢に答えを求める姿こそが得ではなく、”徳”なのです。 壁を九年間見続けた逸話は、REALに宗教人としてゴマかさず向き合ったというのが、正しい理解の様に思います。 そこには、宗教とかでなく、本当の善と向き合ったように思えてなりません。
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本当のため

By yam1962 On 2014/11/10 · Add Comment
人は弱い生き物。当然私も。 だから、心の奥底の自分のために生きる。 それは、みんなを幸福にする声だ。 いいかい。自分のためはみんなのため。 だけど、自分のため”だけ”の幸福を目的にす事と大きな違いがある。 ものすごく耳を澄まさないと違いはわからない。 神と悪魔ほどの違いがある。 神も悪魔も人間を超えた力をもつ。ほとんど同じと思える力をもつ。 だけど、素粒子よりももっともっと微妙なレベルで異なる目的によって別れ、それが、全く真逆の意味になる。 しかし人にはほとんど同じとしか見えていない。 力という意味で同じに映るから。 当然に、神と悪魔は全く正反対だ。 ほとんど同じようだが、0.00001%よりも小さな世界で異なるのだ。 そんなごく微妙な違いに本質的な大きな違いがある。 よく聞く逸話では、神の僕と信じているものが、悪魔のために働いている。 神を信じているのに、いつのまにか悪魔に加担している。 命が終わってもその違いを自覚することなく、地獄にいるのに極楽と思っている。 だから、悪魔は怖いのだ。 できるだけわかりやすく言葉にしたら、 ”自分のため”と”自分だけのため”の違いだ。 その違いに気づくには、強さを手に入れ、切実に私自身を緩めず、 自分を観察しないと悪魔側にいつの間にか組み入れられてしまうのだ。 これが本当のことなのだ。 これを、理屈だけと笑うかい? いいよ、屁理屈って笑い現実と違うって思うなら、一切の理屈と縁を切って生きてください。 もしかしたら、都合のいい時だけ理屈の力を用いて頼っているのでしょうから。 だから、ほとんど神も悪魔も同じようだけど、理屈に忠実であることと理屈を自分のために利用する事の違いがあり、宇宙の中で最小の単位レベルで微妙なゆれのごとく異なるのです。 ビックバーンの直前も、微妙なエネルギーのゆれ(何かの反発的作用)によって今の宇宙は存在しているのです。根源的な何かの違いや発生はほとんど気づかないレベルによって膨らんでいるのです。真理として。 猿のDNAと人間のDNAの違いは小さいが全く異なるように。 理屈を利用しているものは悪魔とまでいいませんが、悪魔予備軍に私には見えます。
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