「青い男」
光によって男は目を覚ました。
目の前には海が広がっていた。
無垢の白い波に満ちた海だった。
そんな目覚めだった。
その男は、山に登ることも登ろうともしない男だった。
山男になって、高い山を目指すなんて目的を持っていないのだった。
ただ、村の人々と笑ってすごし、少しだけの贅沢をたまに楽しめばいいと思っていた。
村人との交流でみんなが見せる笑顔の中に幸福を感じていた。それ以外、必要に何かをほしがることもなかった。
ある時、村に事件が起きた。
若い村人の駆け落ちだった。山里の事件としては大きな出来事だった。
駆け落ちした男女は、男の友人だった。
二人が好きあっていることを知ってはいたが、結ばれる運命でないことも分かっていた。
大したことではないはずだった。若い男女が恋しただけなのだから。
結ばれないのは、二人の家の歴史だった。遠い古い昔の確執の中でお互いの家が憎みあっていたのだった。
二人が結ばれることを阻害する理由といえば、それだけだった。その記憶が風化しないのが不思議に思えるくらいの昔の出来事なのに。
実は男は二人の駆け落ちの計画を知らされていた。しかし、止めることもしなかったし、他者に話すこともしなかった。
二人が旅立って目的を達成して、幸福を手に入れてほしいと願いそれに納得していた。
二人が旅立った後、残った家族と村人はそのことでおかしな空気になっていった。
二人の家族と関係のない人々はその家のうわさをし、村でも数少ない娯楽である祭りよりも愉快な話のネタにするのだった。
時には、なんの根拠もない事まで本当であるようにささやかれるれるのだった。
村長さえも面白おかしく話す人々に同調する有り様だった。
そんな村人の豹変に、男は、イラダチ、嘆き、悲しい気持でいっぱいだった。
あんなにも仲の良かった村人のそれぞれが、本当はこんなにも人々を呪っていたのか、それぞれにとってどうでもいいことだからか、こんなにあざけ笑うのは。
男は、今回のことで村が変わってしまったのか?それとも、元々そうだったのかが分からなくなっていた。それぞれが、助け合い信じあい生きていると信じていたのに。
そんな失望からか、男は一人になりたかった。だから、近くで一番高い山に登ることにしたのだった。意味なく、ただ山頂に自分の足を向けたくなったのだ。
山に登ってみると、体力に自信があったのに思った以上に大変だった。
山道に不慣れも加わって、朝早く出発したのに、夕方になっても山頂にとどいていなかった。
あたりも暗くなりだしたので、そのあたりで一晩過ごすことにし眠りについた。
そして、光で目覚めたときその海を見たのだった。
海に見えたのは、雲海だった。
海の下に村はあるのだなと眺めていた。
ここから村を探しても雲にさえぎられてその姿を目にすることはできない。
ただただ、その先も同じ様な雲でその名のとおり海のように無垢に広がっているばかりだった。
今、男は村にいない。そして、どんな風に山から下りたかも記憶がない。
ただ、一人ぼっちで生きる自覚さえないというか、その自覚にも興味がない様だ。
そして、男の上には雲はみあたらずただただ静寂の青が広がっているばかりだった。