4.まとめ ~私の見た事実

自身の認識は、点の様な存在である。その中から外へ認識を出すことはできない。外を観察して点の中の自分で感じるしかない。
だから、存在(外観)とは自身の認識が全てである。そういう意味において、「自身=全て」と考えられるのも事実である。客観的と言ってもしょせん自身の主観の上に成り立つからである。

s1-fig4-1

だが、意識が全てと考えることも十分に肯定できると言いながらも、人は生きながらえられる事が大きな目標であるので、世界(存在)の中での位置づけや役割を求めなければならない。だから、人というシステムの中で未来を達成することは大切なことで、生きのびる基本となる。生きのびるために人々は、正や愛などのルールを基本とした人間システムを作ったのである。

s1-fig4-2
そういうことから、力は重要であるけれど力のみで今のシステムは成り立っていない事は重要である。

力のみでない事は現在完全ではないけどあたりまえと言えるようになってきた。しかし、人というシステムの基本である正や愛などの基本の軸がくるってしまったらどうなるのだろうか?基本がくるえば、人間社会のシステムも大きく変わってしまうのがあたりまえの結論である。そうなった時、存在から受け入れないということをつきつけられることもあるだろう。今は、正と愛などの軸の中で人が生きていることを存在から排除されていないのである。

現代社会は、多くの知恵と文明を手にしており、正と愛のような基本の大きな変化は、我々自身の文明力や地球環境の位置づけ、そして、人類全てのバランスの中で破滅する可能性さえでてきた。

私は、人(当然私も含む)にもっともっと本筋に向きあうべきで、簡単じゃないから、ゆっくりゆっくり時間をかけて本筋の「全体の幸福と個人の幸福の一致」を目指し実現する方向に向かうべきなのだと言いたい。
それが次に向かうべき大きな方向であり、実現する力は、今、既に持っていて、ただそれがかなわないのは自己の豊かさだけを最優先にしている事が当然という状況を肯定しているからであり、今の豊かな世界において、隣人の幸福は自分の幸福なのだという価値観をお互い共有することがとても重要で大切なテーマだと結論づける。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です