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・アナログ!カルチャーショック


今、アルバイトで町工場で働いています。電子機器を製造する会社です。
私は長年物作りに携わってきましたが、開発バタケばかりで製造は初めてで町工場という世界に足を踏み入れたのも初です。

この現場はカルチャーショックばかりです。
例えば、組み上げでそれぞれの製造で発生する寸法矛盾を最後の外観部品のねじ止めで上手く部品同士の凹凸が出ないように合わせこみます。
また、検品する場合は、基準の分かる人が動作している時の音や振動を感覚で合否を出すのです。高価な測定機なども購入出来ないので匠の技で検査しています。

私の今までの経験では、機能とか特性を満足しているかは測定器(または治具)によって判定していました。が、ここでは人の感覚(アナログ的と言いたい)で判定しており、それが出来るかどうかがその現場を任されるかどうかになります。
ほんと、ビックリでデジタル(明言できるハッキリとした基準の合否判定)では無くアナログ的(感覚と経験)なのです。

・匠の技に支えられたアナログからデジタル革命へ


それから、先日、NHKの番組で日本の製造業の特集をやっていて、その中でなぜ中国や台湾製が台頭してきたか解説してあり、1つの要因としてデジタル化があるとの事だった。昔のアナログTVの場合は、ブラウン管に映った画像を匠の技で検査・調整してその技術力が高品位を生んでいたとんこと。しかし、液晶TVなどはほとんどがデジタル部品のためアナログの性質である曖昧な部分がほぼ無いので、微妙な調整が不要となり簡単に製造できるのです。アナログ技術の世界は町工場と一緒で最終的にそれぞれの誤差を技によって調整していたのです。
PCなどはほとんどがデジタル部品なので、台湾や中国でもどんどん安く作れることとなった結果、現在のような低価格に落ちついたのでしょう(AT互換の規格も拍車をかけている)。

今後ますますデジタルの時代になって行きます。特に機械(エンジン)などは電気自動車に替わればモーターになります。するとエンジンの部品点数が1/10になるらしく、モジュール化された電気部品によって、簡単に車を作れるようになるとのことです。エンジンを製造する場合の部品の金型の微妙なサイズ調整などを日本の町工場が支えていたはずですし、最終的な寸法の矛盾をどこかで調整するようにしていると思います。モーターに替わればデジタル的に微妙な調整もエンジンほど手間がかからないようになります。電気化によって、TVのように中国や台湾そしてインドなどが簡単に車を作る時代が到来する予感がします。そうすると、金型屋とか部品屋は仕事激減になってしまいますし、日本が培ってきたエンジンの技術が時代に淘汰されます。その時代はすぐそこに来ているのです。ほんと深刻です。
これが、デジタル革命の結果です。簡単に誰にでもスピーディーに大量に作れる。このことが日本の製造業へ打撃を与えているのです。これがデフレの一因となっていることは間違いないでしょう。
そう言えば、ねじ巻き腕時計(アナログ時計)の時代からからクオーツ時計(デジタル時計)が登場し普及するにつれ安くなっていった歴史も同じデジタル革命の現象と言えます。


・デジタルの性質


次に、デジタルの性質と経済に与えた影響について「結論」にいたる前の分析結果について述べたい。注意:過渡的な分析結果なので後日で撤回するかもしれないが。
 
 デジタルが与えた経済への影響それは、「一極集中」である。

デジタルは、原理を言えば「0・1」の連続した数字の羅列からなります。その数字をそれぞれの処理によってアウトプットを行います。基本は、中学で習う数学の集合です。
AND/OR/EXOR/NAND/NOR/NOTなどの基本的な数学の集合によって論理構成されて処理される。
その結果性質として、曖昧でなくSW(スイッチ、スイッチの連続処理がデジタル処理 【補足1】)的に1つの論理結果を生むような性質を生むのです。
プログラムなどでは、高度な論理構成を用いて処理できるように作ったに過ぎず。先に述べたANDやORを駆使して作成したに過ぎないのです。

分かりやすく考えれば、YahooやGoogleなどの検索結果のNO.1(最上位)は1つであるように集合によって最上の検索を導くような性質をデジタルは持つということなのです。
そのような性質は選択的(SW的)であり、そのことが最上位を生み一極集中的になる傾向をもつのです。
私の記憶では、「勝ち組・負け組」という言葉の流行りはWeb(YahooやGoogle)の登場時期に重なり、検索的に勝ち負けをきっちり分けてしまうようなバックボーンがそこにあったように思いますし。そういうデジタルの性質が一極集中を加速させているのは間違いないと考えます。

・一局集中を支えたデジタルの経済的な影響


販売という目線で一極集中の流れを考えた時、以下のような時間的な流れが確実にありました。

 商店ばかりの時代(八百屋や魚屋が普通にあった時代)---アナログ社会
 ↓
 スーパーの出現により、商店が苦境となる(規模的に上位の者に喰われる)---緩やかなデジタル社会
 ↓
 郊外型大モールの出現(更に規模の勝る商業施設の出現)*Web(インターネット)の出現---現代 一極集中的 規模のデジタル社会

というような規模の大きなものへの集中の流れがあり、地域の商店が苦境にさらされているのが現状なのです。
インターネットと郊外型ショッピングモールの出現は偶然では無いと思う。どんどん規模の勝負になって行き、そのツールとして下支えしたのがデジタルであることは間違い無い。
資金などの一極集中は、デジタルが発達して可能となり、結果、強い者(規模の大きなもの)に集約されていったのです。規模が大きければ大量生産によって安くものを作ることも可能になり、そのような背景が全体を覆う事でデフレが発生している一因になっており、この流れは、根源的にロジック化(注意:1)した世界像の出現ということではないでしょうか?

結局、デジタルは実はマイノリティー(少数派)を排除するような性質を持つのではないのだろうか?多数決的に勝ち負けを決める検索サイトは選挙とダブって映ります。
Web2.0の新しい性質としてロングテール(注意2:マイノリティー的な趣向も囲い込むような意味)があるけれど、それは規模の大きなものが受け皿となっています(提供している)。

原理的にデジタルを述べれば「曖昧なものを排除する」という特性がアナログと異なる訳で、雑音を排除した一極集中によって投機的資金も膨大に集まる状況を生んみ世界経済を不安定にしているのかもしれない。そして、多様化が損なわれている状況を生んでいるのかもしれない。

・テクノロジーの罪


人類にとって、デジタルの登場は何を意味しているのでしょう?

・集計の高速化や金融取引の自動化による経済的スピードアップ
・インターネットによる世界的人気投票
・はっきりした基準(スレシュホールド)化による断罪
・あいまいな多様の砂漠化
・膨大な情報量の増加(公開)
・デジタルコンポーネントに適合するインターフェースの標準化
etc

以上サット述べてもいろいろ浮かびます。
いつの時代も技術者は差別化できるような技術を開発しています。その開発は、数人の技術者の提案から始まるのでしょうが、時としてその影響力は予想外な場合もあります。発案者本人も予言できないような大きな変化を世界に与えるのです。昔で考えれば火薬の発明によって、甚大な被害をもたらす戦争が行われるにいたったように。

デジタルは人間が使うツールにしかすぎないのです。有効に人間が使わなければ大きな不幸を招くことにな予感がします。それを全世界に警告したいのです。そして、ロングテールをいかす世界であってほしい(多様的世界であってほしい)。
もしかして、その流れはオタクの秋葉系(偏狭的な趣味の人々)にあるような気がするのは間違いだろうか?

しかし、日本の製造業の未来はどうなるのだろう。。。心配だぁ~


【補足1】:SW
SWとは、多くのデータ(0・1の羅列)から処理(AND/ORなど)を加えて1つの結果を出すような感じで処理をしていくということ。

【補足2】:ロジック化
 単位的にAND,OR的集合がネットワークによて世界規模で展開されている。そのため、アナログを排除したデジタル処理が経済や政治判断などに大きな影響を与えている。それをロジック化と称した。

【補足3】:ロングテール
 AMAZONで本を買えば、商店街より品ぞろえがよくレアな(オタク的な)ものまで購入できる(街の書店にないものまで)。その品ぞろえの多さを尻尾が長い(ロングテール)という。私が最後に述べた秋葉系は、オタク的で偏狭的なものを包括する社会や経済であってほしいと言いたかった。マジョリティー(主流)では無い亜流も生き残れる社会・経済であってほしい。

2010.2.20 sorry (2012.2.9 改訂)