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議会制民主主義である日本は、各議員の議論の末に政治が行われるシステムをとっている。
この議会は、多数決的に政治を進めていくので、各政党の大きさによってその多数決の行方に大きな影響がある。

今、「政争の具」という言葉が多様されるが、政争そのものが議論ということなのかもしれない。

各政党は、国民に約束した事によって指示され、勢力図が出来ているのであるから、その政党の約束した事を裏切るのは投票をした人々を裏切る事となる。そして、勢力を拡大するには、次の選挙までにどれだけの指示を伸ばせるかにある。それは、議会の中での取り組みによって国民に評価された結果ということだ。

マスコミは、その様な背景を無視して政争の具と呼んでいるが、政治家は、先に約束した事に沿って主張を展開し、勢力を伸ばそうとするするので、それによって衝突が起こるのが当然だし、それが議論であり、結果として政争になるという事なのではないだろうか?政争は悪では無く、それ自体が議論ということだと思う。
今、東日本大震災という事件が発生している。新しく困った事が勃発した。その解決方法は、今までの約束と関係ない所で決めていけばいい様だが、各党にはそのカラーがあり、カラーによって支持基盤を作っているので、やはり支持者を無視する決断は、難しいのが当然と言える。

何で、こんな当たり前の事をここまで書き連ねたかと言うと、この東日本大震災という大事件を処理する時に、既成の方法で解決するには限界というか正しき方向へ結論を出して行く事は難しいと思う。政党という枠を超えた一つ上位の視点で国難を乗り越えるべきと考える。
しかし、その判断は、自分の政党の弱体化を招く要因にもなる。だから、大多数の議員は、自分自身の未来と震災の解決の方向とのバランスによって解決策を探し、その主張をするのだろう。そういう風に支持者を大事にする側面を持つからこそ政治家なのであり、ただ、正しい主張を並べているだけでは、そう言う立場には成り得なかったはずなのである。

今、国難と言うのであれば、私人ではなく、公人としての大きな判断をしなければ乗り越えられないのではないと思われる。
今までの自分を作って来た既成概念(既成システム)とオサラバしてでも、国家のために正しき何かの選択をしようと試みる事が求められる。
自分の足元の組織だけを守るというのは、行政の方に既に強力にある。今、政治家はそのような発想で無く、既成の悪癖を大きく変えるという目的を掲げて前へ進むべきであるし、本来はそういうことに期待するから、国を任されているのではないのか?
自分ばかりを守っている事に終始していては、この難局の状況を乗り越えられないし、通常モードの政治力学で判断するようでは、今のこの国のかじ取りは任せられないし、公人とは言えないのではないのか?ただ、自分を守ってもらう人の発言に同意をすると言うのならば、行政の方へ行くべきだったのではないのだろうか?

これは、首相や大臣とかでは無く、各1人1人の代議士に、今、求められていると自覚してほしい。
皆さま方議員は、有権者の代表なのです。その1人1人はTOPなのです。
TOPなのだから、自分自身の判断でこの国難に対して結論を出してほしいし、そういう自覚のある発言をしてほしい。
大概の有権者は、政治にそういう事を望んでいるし、自分たちにできない決断を求めているだと思うのです。

そして、1人1人の議員の自覚によって、議論が活発になれば、おのずと最も正しい方向に結論が出ると思うのです。
簡単に述べたけれど、本当に背水の陣によって前に進む事は難しく、私だって言ってるだけで同じ立場なら出来る自信も無い。
だけど、そういう立場と歴史的必然が要請している。そういう意味で'先生'と呼ばれるのではないのか?

そして、それが、本来の議会(議論)の正しい姿ではないのだろうか?

こんな当たり前を大げさに言ってる。単純バカと思われるのを覚悟で。。。

そして、正しい結論ほどsimpleではないのか?
いつの間にか、毒が回って、本来の姿を忘れてしまってないか?

2011.05.25 sorry