【ショートストーリー1】望遠




「必ず達成しなければならない!」

若い上司は、私を説得し始めた。

「どう考えたって、それが正しいじゃないですか!
あなたがたがそうしなければ前に進まないのです。」

私も彼の言っている事は十分に理解できた。
しかし、前にいた上司と交代したばかりの若い上司に、納得のできないものを感じている。

若い頃、大きな理想を持ってこの会社に入った私は、会社の中で色々と自分の正しいと思う取り組みを行った。
しかし、どれも成果が上がらず周りの人々を憎むほどになっていた。

皆、私が一生懸命であることを理解していたが、手を貸しくれる者などいなかった。
若い上司は、確かに正しかったし、まともだった。
しかし、彼の言う正しさに疑問を感じたのでは無く、今までの上司と違う事をあえて行う理由が分からなかった。

確かに今までの上司と言えば、年功序列の恩恵を受けた者ばかりだったし、彼のような真剣さは無かった。しかし、そのような上司は、我々部下に多くは要求しなかった。
「君、公私混同は良くないよ。」

若い頃、信頼していた上司に言われた言葉だった。
その上司は、本当に組織の人だった。そして、組織に逆らわず自分のできる事を1つ1つ積み上げてきた立派な人だった。

私の思いなんて、彼の地道な取り組みに比べれば、実にチンケで、勢いだけの取り組みだと悟った瞬間だった。

そんな事を学んだ私は、組織の人として組織の中で組織に忠実に生きる事にしている。
しかし、誰一人として、そんな事など考えず気付きもせずにいた。精々考えているのは、週末に何処に出かけようか、とか、仕事の失敗を他人のせいにする画策を練ったりする等の人々で満ち溢れていた。

若い上司を私は嫌いではない。しゃべった事に責任が伴う事を彼も私も十分に理解していたからだ。

だけど、その正しさの出どころが、結局は彼自身の未来の成功のためだと映るのだった。情熱や正しさ、それは誰も敵わないほどだったが、結局、自身の未来のためではないのか?本当はそれで構わないのだが、そのために私自身が、給料以上の肩入れをするのはゴメンだった。

そう考えていると、どこからか声が聞こえてきた。

それならば、お前が彼の代わりにその事を成し遂げたらどうだ!

私は、応えた。
それほどの純粋な正義は、もうこの組織から無くなってしまった。
私の尊敬した上司も定年を迎えたし。
私に似た情熱のある人々は、早々にここを去ったか、体を壊すかだった。

今、この会社を動かすのは、何のための会社かさえ忘れてしまった人々だった。
だから、若い上司の方が何十倍もまともだった。

私にできる事は、その若い上司のような人々が本当の成長をし、
本物のリーダーとして現れる日が、この会社に訪れてほしいと願うだけっだった。

2011.5.2 sorry